Act5.勇者とは思えない勇者


「あああぁぁ、くもがー、くもがぁ――――――――」
蒼が髪を風になびかせ…と言ったら格好は良いが、実際のところは息も絶え絶え、必死に“タランチュラ”の域をゆうに超越したくもから逃げているだけだ。と、それはさておき。
ザカザカザカと機械でもなく、かといって普通の虫のような鳥肌の立つ音でもない、中途半端な足音が後ろから追いかけてくる。
「くも嫌いになりそ―――――」
ハナがみんなの後をなんとかついていきながら言った。
「かといって、剣で斬りたくないし…。もう毒はいいし…。真岬…のハンマーもなぁ…後の残骸がヤだなぁ…あぁあぁぁぁどうしよ――――――――、どーすりゃいーんだ!!?なぁ!!!?」
走ってるのに何故か叫びだす夏樹。
「どうすりゃいいって言われても……。ハナは今何もできないと思うし…」
「あれ?じゃうちは?うちやったらいけるんとちゃう?」
「…できるんですか?」
「やれんだろーな?言ったからには、やれるんだよなっ?」
「えーと、そこまで期待しない方がええと思うけど…」
蒼は戸惑いつつも皆より早めに進んで、向き直った。
「フォーク、ナイフ、…え、なんでスプーンがこん中に!!?」
「スプーンだろぉがなんだろぉがどぉでもいい!!!早く投げろやぁ―――!!!」
「えっ、スプーンは意味無いと思…投げますッ!!えいっ!」
ぷすっ   ×3
ドザザザザァ!!!
蒼の投げたフォーク、ナイフのうち、3つが目に刺さり、くもはそこで暴れまわる。木々の葉は揺れ、鳥は鳴いて飛び去っていく。もうこちらを追うことを忘れたようだった。
「今のうちに逃げるよっ!!!」
サカキのひと声で我に返った4人は、先に走り出した彼女の後を追った。

「よっ…よかったぁ〜。逃げ切れたみたいだね…」
ハナがぐったりとして息をついた。
「あ―――疲れたっ、もーヤダオレ寝る」
言うなり夏樹は剣を枕代わりにして寝始めた。もちろん剣には鞘がついている。いや、ついてなければ危ないですから。
「あ――ナイフとフォークけっこう使ったな―――…どうし………ん?」
蒼は夏樹の剣を見て何か思い出したように、腰につけた収納袋を探った。しかしその動作は突然止まった。
「んん??」
収納袋を腰から外してフォーク・ナイフ・スプーンを地面に落とす。ざらざら、キン、カシャンなど、金属特有の音と光沢を放っているそれ達は、どう見ても先刻思いっきり投げまくった後の量ではなかった。前とちっとも変わっていない。
「……………」
なんとなく蒼のしていたことを見ていた夏樹以外のハナ、サカキ、真岬もその金属の山を見つめていた。
「さっき、けっこう投げてましたよね、蒼先輩…」
「どう見てもぎっしり詰めないと入らない量だよ?」
「…詰め込んでも入りきらないんじゃないかなぁ…」
……………。沈黙が続いた。蒼の武器達だけは木々の木漏れ日に合わせて忙しなく煌く。
「うん。ファンタジーだしね。そーいうこともあるんだよ。うん」
サカキがそう言った。“うん”は自分自身を納得させるために出てきたものだろう。あと、この不可解すぎる謎を脇に寄せておくため。
「そうだね、私はとりあえずコレでちょっと魔法とか使ってみよっかな」
と、ハナは杖を持って立ち上がる。そのまま魔法を使おうとしたので、
「え、ここでやんの?嘘ぉ、夏樹そこで寝てるよ?」
サカキが静止の声をかける。
「大丈夫だよ(多分)♪」
多分って何だ―――――!!と言う人間はとっくに寝入ってしまっていた。
ハナはそのまま呪文を唱え始める。それを見守る3人と、寝てる人1人。
「“召喚”!……ん?私、何か召喚するの?」
ハナの疑問を無視して、ハナの前に光が集まる。昼なのに、それ以上の光を放つ光源は、やがてある形をとった。それは、人型人型ヒトガタヒトガタ
暫くすると光はゆっくり消えていった。そこに残ったのは。
「あ……。夜巳夜巳ヤミヤミだ―――」
夜巳と呼ばれた人物は、私服でMDプレーヤーの音楽を聴いていた。
「なんで夜巳が召喚されるの―――?」
蒼が言う。夜巳が口を開いた。
「それよりあんたら何してんの?」
「「「「……」」」」
こっちもわからない。わからないので黙る5人と、寝てる1人。誰か起こせよ。



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