T.獣‐ケモノ‐


―――夜。
漆黒の闇の中、独り女が駆けている。
緋色の長い髪をした女だ。腰には細身の剣を差していた。
…もう人が出歩く様な時間ではない。
月は、空の一番高い所で冴えざえとした冷たい光を放っていた。
真夜中である。
人々は既に眠りについている。

女は、暗い路地に入った。
シャッ、と腰の剣を抜いた。暗い中、銀の冷ややかな輝きが煌めく。
…女は、まだ走り続けている。
その姿、まるで獣の様である。本来の残忍な姿を自らの内に隠し、ただひたすらエモノを追う獰猛な獣…。
女の瞳が赤褐色な為、尚更そう思わせる。

しばらく走り続けた後、女は路地を曲がり、一件の大きな屋敷の前まで辿り着いた。
無造作に小型発信機を取り出す。
「…到着しました。…はい任務を続行、します…」
手短に話すと電源を切り、腰のポケットになおした。
剣を握る手に力を込めた…女の表情が険しくなる。
しかし、その眼には悲しみともとれる色が浮かんでいた。
しばらくその場でじっとしていたが、やがて決心した様に息を吐き出した。
その息は白くなって、天へと昇っていった…

鉄の柵を飛び越え敷地内に入ると、真っ直ぐ扉へ向かった。
鍵穴に針金を差し込み、器用に動かす。すると扉は難無く開いた。女は音も立てずに中へ入った。
長い廊下の右端の部屋に進む。ドアの前に立つと、中から大きないびきが聞こえてきた。
キィィ…とドアを開けると中には大男が、ベッドでぐっすりと眠りについていた。
女はそっと歩み寄り、その男が眠っているベッドの端に座った。暫く様子を眺めると、口を開いた。
「…危険な麻薬取引に手を染めている割には、不用心すぎるのではないか、ベルセル・クロウド…?」
冷たく、男の耳元で囁く。すると、男はハッとして飛び起きた。
「だ、誰だ貴様は!?」
「麻薬の大商人・Mr.クロウド。B・C No.15…これは、お前の事だな?」
女はくすくすと笑いながら男に写真をつきの黒いカ−ドを見せつけた。そして女は口調を変える。
「王より、ささやかなプレゼントをお持ち致しました。お納め下さい、Mr.クロウド。きっとお気に召されるはずです…」
女は急に無表情になり、抑揚のない声で続けた。
「ささやかな、死のギフトを」
男は恐怖で凍り付いた様に動けなくなった。かろうじて後ろに後退りしたものの、何の効果も無い。
女はゆっくりと右手の剣を上げ、冷たい眼のまま振り降ろした。

「任務を遂行致しました。今から戻ります」
物憂気に通信を切り静かに息を吐くと、女は屋敷を出た。
何事も無かったかの様に見えるが、全身に返り血を浴びている。
そして、赤褐色の瞳が悲しげに揺れていた。
女は来た時と同じように、音も無く暗闇の中へ走り去っていった。



*あとがき*

なんかいきなり暗いですねー。まぁ、次からはもう少しマシになると思いますので…。



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