U.Guise‐ギセ‐


ここは、ベセナ国の首都ギセ。
東西に長く巨大な国で、この世界中で最も人口が多く最も豊かで最も自由な、全てにおいて一番の国。
そして…軍事国家。この国は軍によって成り立つ。
この国では、国軍は54枚のトランプカードになぞらえて形成されており、Card Fifty Four…通称CFFと呼ばれている。
CFFの本拠地は首都ギセにある、国王が住む城の中。
何故なら、軍隊の頂点の位である大佐は、代々国王が兼務する事になっているからである。

女は城へ入った―――本来城に入るなどという行為は高い身分を持つ者だけが許されるのだが。
「やぁヤシャ、お帰り」
女は立ち止まった。呼ばれた方を見ると、そこにいたのはやんわりと人の良さそうな笑みを浮かべた男だった。
「…あぁ」
「素っ気ないねヤシャは」
「それはお前の性格に問題があるからだろう、シャンディ」
そうかなぁ、と首を傾げた男をよそに、女は淡々と続ける。
「報告は、任せるよ」
「そんないい加減でよく中佐が務まるよね」
女はいささかムッとした様だった。
それを見て男はにっこりと微笑むと、その場を去った。続いてヤシャも自室へと戻っていく。
その場には夜の静けさだけが残された―――。

女、ヤシャ・ファライトはCFFメンバーで♠12の位に就いていた。
CFFでは大佐以外は全て能力で地位が決まる。またそれはマークと数字で示される。
マークは軍の各部隊を表し♠→♣→♦→♥の順に位が高く、数字は各部隊内での位を表す。
位の高い程、数字が高い。
そして、マークと数字を合わせてCFFでの階級を表すのである。
つまり大佐は♠13である。即ちヤシャは中佐という事になる。
これは、長いCFFの歴史の中でも異例の若さの出世だった。
そして、先程のしばしば気に触る事を言う男、シャンディ・C・リィヴァールもCFFのメンバーである。
しかも彼はCFF初期メンバーなのだった。その歴史は1000年近く遡る事が出来るのだから、相当の年齢である。
しかし、不思議に思う事でも無い。
何故なら彼は、この世界で最も清らかで神秘的な種族、エルフ族の生まれであるからだ。
彼らの一族は殺されるか、自ら限りある命を選ぶしかしない限り、永遠の命を授かっているのである。
…だから尋常な年齢だと思う方がどうかしている。

―――ヤシャとシャンディが軽く言葉を交わしていた頃、王・ジンは机に向かい考え事をしていた。
不意に扉の方に目を向けると、ずっと前からそこに居たかの様にシャンディが立っていた。
「頼むから部屋に入る時くらい音を立ててくれよ」
シャンディはくすくすと笑って、考え事をしていた様だから、と言い、椅子に身を投げた。
「ヤシャの帰還を確認したよ。いつも通り、酷く疲れてるみたいだった。特に何も問題は無かったそうだけど。
―――でも、私から見れば、彼女は暗殺者には向いていないと思うよ。
優し過ぎる。…私と違って、ね」
「あぁ。俺もそうは思っているさ。…だが、あれほど上手くやれる者がいない」
少し辛そうに、ジンは言った。
そうか、と答え、シャンディは少し考え込む様な仕草をした。
「うーん…また考える。帰って来たばかりのヤシャはいじめ甲斐がないし」
「勝手にしろ」
面倒そうに笑って返事をしながら、また机に向かい溜め息をつく。
それからもう一度後ろを振り向いてみたが、シャンディは居なかった。


先程、自室に戻ったヤシャは血まみれの姿のままで、ベッドに仰向けに倒れていた。
ぼんやりと天井を眺めている。
相変わらず、瞳は悲しそうに揺れていた。
「ヤシャ」
優しい声がした。
気付けばそこにジンが立っていた。しかし、ヤシャは顔も向けず返事もせずに、ただじっと天井を見つめるだけ。
そんな様子を見て、ジンは微笑んだままそっと近付いた。
「そうやってシーツを真っ赤に汚すのかい?メイド達をまた泣かせる気だね?」
「今は、そんな冗談を言い合えるような気分になれない…」
ヤシャはうつむいて、近付いてくるジンを軽く押し止どめた。
「顔を上げて、俺をみろ。…怪我は、無いね。
 無事に帰ってきてくれて、良かった。安心した」
ジンは壊れてしまいそうなヤシャを、きゅっと優しく抱きしめた。
そして、顔を見つめると、短く口付けをする。
「とにかく早く着替えろ」
ヤシャは小さく頷いた。ジンのそんな心配りが、こんな時はとても嬉しい。―――しかし。どうしても、心は晴れなかった。
どの様な悪人であっても、人を一人殺してしまったという事は、いつもヤシャを苦しめた。
「ジン…」
「ん。何だ」
笑って首を傾け、ヤシャの話に耳を傾けようとするジン。
「―――…やっぱり、何でもない」
そんなジンを見て、喉まで出掛かった言葉を、今日もまた飲み込んでしまった。
―――もう人を殺したくない…。
「そうか。じゃあお休み」
ジンはにっこりと笑って、部屋を出て行った。



*あとがき*

うーん…。とりあえず暗さからは脱出した…かもしれな…い。
なんか、異常に場面の切り替えが多いよぅな気が…。
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