W.資料庫‐シリョウコ‐


任務が無い時、ヤシャはよく地下の資料庫に居た。
今日も例のごとく山のような報告書を抱えて、ヤシャは1人で資料庫へやってきた。
連れなどはいない。
群れるのは嫌いだ。
重たい扉を開けて中に入ると、少しカビ臭い資料特有のにおいがした。
もともと読書が好きだったからカビ臭さも気にならないし、かえって落ち着くくらいだ。
新しい本のにおいも、古い本のにおいも、ヤシャにとっては同じくらい価値のあるものなのだ。
窮屈な城の中で唯一安心でき、また1番大好きな場所が、ここだった。

ヤシャは特別な生まれであった。
このべセナ国には、様々な人種・民族が暮らしている。その為、人種などによる差別はもはや昔話になったかの様に思われた。
けれど、ある1つの民族だけは未だ差別の対象となってしまっていた。
べセナ国の東の端、霧に覆われた山の麓に細々と暮らして、神から授かった力を持つという“カナドゥ族”である。
ヤシャにはそのカナドゥの血が流れているのである。


他の民族に白い目で見られるようになってから他との接触を極端に嫌っているカナドゥ族に、ある日息も絶え絶えの1人の旅人が訪れた。
カナドゥの人々はその旅人を助けるか否か、1晩話し合った。
その間、放っておく訳にもいかないので、つきっきりで看病をしていたのがヤシャの母・リャンだった。旅人は鮮やかな緋色の髪をした、目許の涼しい若い青年で、名をキアラという。
結局カナドゥの人々の出した結論は、旅人は助けずに追い出す、となってしまった。
しかし、リャンはキアラを匿い、彼が元気になるまで手当てを続けた。
2人の間に愛が芽生えるまで、それ程時間はかからなかった。
幸運なことに、誰もキアラの存在に気づきはしなかった。
そして数年後、2人の間に子供が生まれた。キアラと同じ髪の色の、可愛い女の子であった。
しかし、その幸せな日々も長くは続かなかった。
キアラを匿っていたことが、人々に気づかれてしまったのだ。

キアラは、カナドゥの人々に追い出されてしまった。
リャンもついて行こうとしたが、まだ2,3歳の子供を連れて行く訳にはいかない。
必ずもう1度会う約束をして、リャンは同じ民族の者から冷たい扱いを受けながらも一生懸命暮らした。…しかし。
やはり我慢も長くは続かず、リャンは10歳になったヤシャを連れてカナドゥの山を抜け出し、商人として世界中を旅して回ることになった。
そしてヤシャは旅していく中で、自分達の生まれは他の民族民族ひとたちひとたちからは受け入れられないことを知る。
その頃からヤシャは堅く心を閉ざす様になり、またカナドゥの血が流れている事をひたすら隠し続けた。
それからというもの、ヤシャの素性に気づいた者は無いに等しい。
だが、緋色の髪に赤褐色の瞳という、その変わった姿により、いつも虐げの対象となってしまっているのである。

ここここでも同じ。
外見に加え、大佐に気に入られて若いうちに出世をし、それが気に食わない連中からしばしばなじられる事もあった。
しかし、軍を抜け出すことは絶対に出来ない…CFFの一員だということは、自らの意思は無いということである。
万が一抜けられたとしても、受け入れてくれる所など恐らく皆無。
ただ1つの故郷であるカナドゥ族の中でさえ、裏切り者・恥さらし者扱いである。
ヤシャの居場所など、結局はCFFにしかないのだ。
だから多少の事は我慢しなければならない。

けれど、どうしても我慢できない時、ヤシャはこの資料庫でただ独り泣くのであった。



*あとがき*

あ〜…、暗いですね。重すぎる空気の中へリターン(笑)。
でも流石にここのエピソード外したら話が続かないんで。
つぎは少し軽くなると思い…ま…す。



戻  進