V.闘技場‐トウギジョウ‐


朝。
眩い朝日が、窓から差し込んできた。ジンはいつもの様に遅く目を覚ます。
「お早う、ジン」
「あぁ…シャンディか」
「今日は、どんなご予定ですか…クォルファー陛下」
シャンディはベッドの隣にある花瓶の花を代えながら聞いた。
「まだ決めてないよ」
ジンは面倒臭そうに言う。
「ジンらしいね」
くすくすと笑いながらシャンディは答えた。

コンコン。…ドアを叩く音がした。
「誰だ」
「ファライトです」
「入れ」
静かにヤシャが、王室に入る。
先客のシャンディを一瞬、冷ややかに見つめて、
「お早うございます。早速ですが、本日の職務の方の予定は」
昨日の様な、取り乱した様子は微塵も感じさせない雰囲気だった。
「うーん…適当で良いよ、特にやる事も無いし。中佐は昨日も素晴らしく仕事をこなしてくれたし、暫く休みを取れば良いさ。
それより、問題はシャンディの方だな。お前は怠け過ぎだ」
「え…っ。十分すぎる程、仕事は持っているけど」
「仕事らしい仕事をやっているのかお前は。俺でさえもう少し働いているぞ」
「…」
一連のやりとりをヤシャは無表情で見届けて、
「それでは失礼致します」
と一言残し、退室した。

その後の王室では…
「ヤシャも大変だよねー。気まぐれな王サマに振り回されっぱなし」
「…別に、俺だけが迷惑を掛けている訳ではないと思うが。昨日も何か気に触るような事を言ったんだろう?」
ジンがそう反論すれば、
「でも私は中佐を使える立場の人間じゃ無いし」
と、シャンディが切り返す。
確かにシャンディは♣11とヤシャに比べればさほど位は高くない。
けれど、彼の実力がその程度という訳でも無いのに、その様な位に身を委ねているのだった。
CFFの中でも5本の指に入る程の変わり者と呼ばれる彼だけに、何か意図あっての事なのか、本当に謎である。
―――そんなやりとりを扉の外で聞いていたヤシャは、王室にこれ程まで緊張感が無くて良いのだろうかと溜め息をついて、闘技場へと足を運んだ。


「おおっ、珍しいなぁ、ヤシャ」
ヤシャを見て顔を輝かせたのは、ヤシャの義理の兄で、闘技場で最高審判を務めるナジャ・カルノであった。
「少し、闘りたい」
「あぁ…。誰とやる?」
「誰でも構わない」
返答を聞いて、ナジャは少し顔をしかめた。
こういう短い返事をする時は、大低機嫌が悪く、放っておくと危険でさえあるという事を知っていたからである。
しかし、彼女と対等に剣を交えられる様な者は、恐らくこの大国でも数人しかいないと思われる。
苦笑しながら、ナジャは
「俺でも良いか?」と問う。
「構わない」
にべもない返事が返ってきたのを確かめてから、ナジャはおおい、と審判を一人呼んだ。
まだ若い男の審判が駆け付け、ヤシャ・ナジャの組み合わせにギョッとしながらも、始め!と叫んだ。

ヤシャはスキの無い攻撃を休みなく繰り出し続け、ナジャを端へと追いやっていく。
一方、ナジャは防御の体制で攻撃を2、3発入れたものの、実力の差は誰の目にも明らかだ。
5分もしない内に、ナジャは剣を試合場の外へ弾かれてしまい、決着が付いてしまった。
やはり”緋の獣”という異名は伊達では無い。
「有り難う」
抑揚の無い声で審判とナジャにそう言うと、ヤシャは闘技場を後にした。
やれやれ、とナジャは首を振りながら、その姿を見つめていた。
「ナジャさん、今の方がひょっとして、ファライト中佐殿ですか?」
恐る恐る、先程審判を務めた男が聞く。
「あぁ、そうだ」
「素晴らしい剣術でしたね…」
「…まぁ、いつもならもっと余裕がある筈なんだかな…。
あれは感情に左右されやすい事が弱点でもあるんだよなぁ」
「お知り合いなのですか?」
男は驚いて言った。
「あぁ…いや。何度かこうしてお相手させてもらったり審判を務めさせてもらったりしたからさ。
お前も、素質やらを見抜ける審判を目指せ」
「はいっ!」
男が去ってから、ナジャは苦笑いをして呟いた。
「また、大佐やシャンディ殿にイジメられていたんだろうな…」



*あとがき*

日常生活…しかないですねぇ(苦笑)。
お城はいつでもこんな感じです。
仕事をしない王とその補佐…いえいえ、してるんですよ(笑)。
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